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「適度な栄養を取り、常に運動をすることが健康によい」ということについてはヒポクラテスのこの言葉を持ち出すまでもなく誰もが実感していることであると思います。『スポーツ』という言葉の語源はラテン語の『デポラターレ』(deporatare)という言葉でその本来の意味は『日常を離れた遊びの時』ということであるそうです。スポーツを生活の中にうまく取り入れて快適な人生を送っている人も多くいます。一方ハイレベルスポーツは、卓越した技術や身体的能力の発揮を通じて人間の可能性の限界を押し広げるとともに、見るものに生きる勇気、困難への挑戦、協力や献身、努力の素晴らしさを伝えてくれます。このようにスポーツは多くのプラスの面を持ち、生活の中にスポーツをうまく取り入れることができれば、得るものはきわめて大であります。しかしながらスポーツの持つマイナスの面としてスポーツによってケガと障害がある程度は起こることは避けられません。そんなときこそスポーツドクターが必要です。


いまでこそ注目度の高いスポーツ医学ですが、二十年ほど前、整形外科から新たな専門分野として私がスポーツ医学を志したころは、まだ存在感は薄かったのです。もともとは放射線診断学に取り組んでいました。だけど、不治の病の人に診断を付けても、治らないものは治らない。治らないのに診断を付けてもどうしようもないという根本的なジレンマに陥って。それじゃあ、治せるものを治したいと、整形外科を選んだのです。ところが、整形外科でも治らない病気はたくさんある。そんなわけで、スポーツ医学に進んだのですが、整形外科の王道から外れているし、まだマイナーでした。一部の人が趣味的にやっている程度だったけれど、治るものを治したかったので、あえてマイナーな分野に進むことを決めたわけです。
公立病院の整形外科部長をやりながらスポーツ外来を開いていました。Jリーグ発足と同時にエスパルスのチームドクターを引き受けて、最初は二足のわらじをはいていて、ホームの試合だけ同行していました。しかし、当時のレオン監督(後にヴェルディ、ブラジル代表監督を歴任)は、トレーナーの話ではダメで、ドクターと直接話をしたいと私の考えをいつも聞くために、私が病院の診療を終えてから試合の前夜遅くに遠征先のホテルに着くまで起きて待っていました。そんな監督の要求にこたえるには、アウェイにも毎回出向かないと不可能なので、徐々に病院との二足のわらじは無理な状況になりました。そこで病院勤務を辞めてエスパルスと契約しました。日本のドクターでは初めてのことで少し勇気が要りました。
そんなわけで10年が経ちました。今年(2004年)から試合の帯同は若手のドクターにお願いすることにして、私の持っているノウハウを知ってもらうために、もっと一般のスポーツ選手に関わる時間を増やすことにしました。
20年前とは様変わりで、今はスポーツ医学を専門にされている人は大勢います。しかし、私が見るところそのキャリアと資格は様々で(NSCA、CSCS、NATA、柔道整復士、鍼灸師、整体、PT、医師、無資格などなど)中には自分の能力の限界をはるかに超えたことにまで踏み込んで、その結果選手をミスリードして悲惨な結果を生んでいる状況があることも事実です。そんな現状を多少は憂える気持ちもあってこのホームページを立ち上げました。

私たちのチームのスポーツ外傷医学の治療原則は、外傷を正確に診断し必要な治療を積極的に行い、アスリートをもとのスポーツ活動レベルにできるだけ早くかつより良い状態で戻すことにあります。特に靱帯、関節軟骨の修復を適切な手術と専門的なリハビリテーションによって実現します。不十分な処置だけでスポーツを続けて選手生命を縮めることのないようにすることはもちろん、アスリートとしての運動能力をケガ以前よりも高めて復帰させます。

このホームページがスポーツを愛する人々の役に立てれば幸いです。
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